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B263AAきたで

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B263AAが到着していた。

短くてナローで幅狭(はばせま)でイイネ!!



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生後一カ月半が握るとこんな感じでナロー。



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生後一カ月半の父が握るとこんな感じでナロー。


さぁ時間がある時にとりつけっか!


ブレーキ案ですが、TTレバーは差し込み口に入りませんでした。
また削ると入ると思うけど、しんどいので補助ブレーキ装着の方向で進めたいと思います!

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[ 2013/01/31 ] ■チャリ パーツ | TB(0) | CM(2)

ずっとさがしてたぜ、ナロー化されすぎたブルホーンB263AA







ずっとさがしていたnittoのブルホーンB263AAを遂に購入することができた。
(まだ手元にはきてないけど)

このハンドルは世界で一番幅が狭いブルホーンだ。

その幅なんと300mmだ。

ブルホーンだと通常400mm前後なので、10cmも短いのだ。

どれほど短いかというと、メーカーも廃盤にしやがるぐらい短いのだ。

どうだ、すごい短いだろう。

おかげで探すのに苦労したぜ。

Yahooオークションと中古チャリショップのサイクリーのネットショップをほぼ毎日チェックして4ヶ月ぐらいが過ぎたぜ。

300mmの他に340mm、380mm、420mmっていう展開があって、それらは普通に手に入るぜ。

でも300mmの入手はかなり困難だぜ。

サイクリーでついにその300mmが販売されているのを見つけたぜ。

ようやく、ようやくです。

幅が狭いので、乗りやすさは不明やけど、スタイリッシュになる予定。

乗っている格好も脇をしめてクッっと両手が寄っているほうが僕は好きなんだな。


おそらく明日か明後日に郵送されてきます。

楽しみだな。

ブレーキをどう装着しようかな。

今のように補助ブレーキをメインにして装着するか、ケーンクリークのTT用レバーか、迷うぜ!

そしてグリップカラーもホワイト以外で責めてみようかな。チャリ最高!!!
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[ 2013/01/30 ] ■チャリ パーツ | TB(0) | CM(0)

NOMADOのHOT KAMURI(ホッカムリ)かったで

NOMADOのHOT KAMURI(ホッカムリ)かったで

ビレバンで見つけて、ネットで買ったで。

これが、一番店を構える小売はしてほしくない行動やで。

091やで。

チャリ乗るようにホッカムリっていうのをかったで。
フリース素材のフードのみ。
ネックウォーマーみたいな。

今日使ってみたけど、良いかも。
ファスナーついてるから取り外しも楽やし、
カブ乗るときもヘルメットを脱がずして取り外しできそう。

でも宣伝文句に異議あり!!!!


8wayを主張してるんですけどね。

10_20130124125131.jpg


まず、3は2をちょっとななめにしただけやろ。
鼻の左穴中心の生活か、右穴中心の生活かの違いやろ。

あと、4,5,6はフードを脱いでいく過程やろ。
プロセスにすぎひんやろ。無限通りやろ。無限wayやろが。

8は人それぞれの判断に任せたらいいやろ。
wayに入れたらあかんやろ。




でも、結構いいわこれ。

チャリ、バイク、ボード、仕事時のブランケットなど色々使えそう!
ちょっと高いけど。おぬぬめ。







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[ 2013/01/24 ] ■チャリ パーツ | TB(0) | CM(0)

NOMADOno


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[ 2013/01/24 ] ◆その他 未分類 | TB(0) | CM(0)

機能性はどうかしら

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クロームベルリンにパピヨン小梅が入ったよ、091です。


ここのサイトで安価に冬を乗り切る為のアイテムが紹介されている。

ネックウォーマーとか気になる。

けど、機能面ってどうなのかしら。



っていうだけ。


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一見八百屋に見えるおしゃれカフェ、アローツリー@西宮

おれちち、091です。


アローツリー


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西宮の2号線を通った時に2度ほどおしゃれな八百屋があることは気付いていた。

おしゃれな八百屋なのか、おしゃれに見える八百屋なのか。

ちょっと気になっていた。


先日、西宮の貴族、神田さんと晩ごはんに行ったとき、西宮ビーフという肉丼屋に行った。そこのお店はお店でガッツリおいしかった。手軽焼き肉だ。

そして、その隣に位置していのが、気になっていたおしゃれ八百屋だ。


そして、そのおしゃれ八百屋は八百屋ではなく、果物屋だった。


そして中はおしゃれカフェだった。

何もあっていなかった。


中に入ると絶対おいしいと思われるフルーツ、いや、果物をまんべんに使ったケーキ類が。

おいしそう。このくだものの大胆な使い方は見たことがない。

お値段は1個あたり1000弱とこちらも大胆ではある。




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カフェラテ。

オーガニックコーヒーとのコスパの違いが激しいので注意。



ここの向かいにはおしゃれと思われる焼き鳥屋があるらしく、西宮の貴族はおしゃれ焼き鳥屋からのこのおしゃれカフェのコースを企んでいた。



春が来るのが先か、西宮貴族の春が先か。




遠き春よ。




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[ 2013/01/12 ] ◆食 カフェ | TB(0) | CM(0)

親ばか宣言

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関白宣言でもしようかと思ったけど、

親ばか宣言に変更しました。


現在子育てギャグを色々試行中。

おすすめは、父親流星群。

これは1光年離れた場所に、父親が流れるというあやしかた。

基本、300年に1度の周期でやってくる。

そして5千年に一度の周期で母親流星群もやってくる。

そして1兆8億年に一度、父親流星群と母親流星群が交わるのだ。





基本笑ってくれるのは嫁である。



うれしい。



こはにはまだ早いな。




まだまだだ。






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[ 2013/01/05 ] ◆その他 未分類 | TB(0) | CM(0)

GEPPU

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正月で1、5キロ太りました。091です。

だいぶ抱き方とか赤ちゃんの触り方にも慣れてきました。

しかし、沐浴は必死です.周り何もみえません。うつぶせでの沐浴はもはや一人じゃムリです。

ゲッップは思っていたような感じで「ゲッッ」ってなるのは少ないです。


 ・そもそもミルクの飲み方が上手(じょーーーずだっ)
 ・ゲップのさせかたが下手(あるある)
 ・ゲップを下品と考え、しないようにしている(誰に似た)
 ・さりげなくしている(じょーーーーずだっ)

むしろ写真のように、よく寝ます。




かわい。






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[ 2013/01/04 ] ◆その他 未分類 | TB(0) | CM(0)

生まれてくれてありがとう

あけましておめでとうございます。

今年の年明けの瞬間は実家で1人、ニトリで購入したこたつ布団をひいて、皿洗いをしている間にすぎました。

091です。

最近はなかなか忙しくて、いや、環境が変わってブログを書く機会がなかなかありません。

でもお嫁が無事出産した事をひとつの区切りとして、残しておきたくなり、
こんな時間に更新をします。


●つわり
つわりがハードだった。
嫁が心配でしかたなかった。
生き地獄のようであった。
代わってあげることが出来たらどれだけ楽か。何度も思った。
この時にダウンロードしたアイフォンの妊娠アプリ。
そこで見た赤ちゃんのCG画像を見たら感極まるものがあった。
CGではあるし、自分の赤ちゃんではないけど、
つわりが辛い中で、同時に生きようと頑張っている我が子。
今にも心が折れてしまいそうなぐらい頑張っている嫁と、
お腹の中で数センチの大きさで必死に生きようとしている我が子。
120%頑張っても生き地獄から逃れられない現実。
"でも妊娠出来てよかった"それはすごい良い事やけど、そのことばでは何も解決しない現実。
そして、人によっては出産間近までつわりが収まらないという実例がある不安。
だから"今を乗り越えたらもう大丈夫"なんていう無責任で根拠のない言葉も出してはいけない。
期待させて、うまくいかなかったら、立ち直れないかもしれない。そんな状況。

つわりには気圧が少なからず関係しているそうで、
高気圧なら酸素が濃くなり、つわりがましになるようであった。

だから気象庁のHPを見て、よく気圧を調べては、気圧を基に嫁をはげましてみた。

オホーツク気団、シベリア気団、小笠原気団、色々懐かしい勉強をした。

幸いなことに、嫁のつわりはマシになっていった。

"おつかれさま"の一言では決して片づけれない1件である。


●経過

つわりがハードだったこととはウラハラに、
あとの経過は全て順調だった。
検診では1回糖がダブルプラスになったぐらいで、それも次の検診には無事正常値に。
嫁も我が子も優秀である。
8カ月ぐらいから少し小さめと言われていたけど、
嫁も自分も小さめだ。むしろ自分がかなり小さめだ。嫁もって書いたけど、嫁は小さく見えるけど、そこまで小さくない。俺俺。

あと、5カ月ぐらいから毎日嫁のお腹の写真を撮った。

同じ位置に立ってもらって、
同じ位置にカメラをセットして、
記録を残した。

自分の腹筋の変化も撮りたくて、たまに自分も入った。

横から前から、それぞれ100枚を超える記録となった。

●妊娠線
会社の人が「毎日クリームをぬってあげた」というのを聞いて、
妊娠線予防として自分も毎日嫁のお腹にクリームを塗るのが日課になった。
ぬりぬりしてから、カメラで記録、それが日課の一連であった。



●予定日と里帰り
ある時期、嫁がずっと妊娠した状態のままでいるような錯覚を覚えることがあった。
それほど上手に妊娠と共存できていたのだと思う。
ずっとお腹が大きい状態で今後もいるような感じ。
同時に、本当に出てくるのかという期待とは裏腹な疑問。
予定日であったら12月12日の1カ月ほど前に里帰り。

夫婦2人で過ごす最後の時期という考え方をするとなんだかさびしくもあった。
自分も嫁も保守的なのだろう。

そして、静かに予定日を迎え、静かに予定日が過ぎた。

初産は遅れがちであること、
少し我が子が小さめということ、
その事から少し遅れるかなという予測は出来ていた。


●陣痛
12月14日金曜日。
前駆陣痛とまではいかないが、お腹に少し痛みが出始める。

12月15日土曜日。
前駆陣痛たるものが始まる。
深夜には陣痛の間隔が10分を切っていた。
病院に電話をするが、入院とまではいかない。様子見だ。
昼にはそれも収まった。
いつ生まれるのかはわからないが、確実に近付いてきている。

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運動で陣痛促進を促す。

12月16日日曜日。
深夜。再度陣痛間隔が10分を切る。
病院に電話。しかし5分おきになるまで様子見。
朝を迎えた。

自分は仕事へ、向かった。

朝、城陽から吹田に着いた頃、嫁から入院との連絡が入った。

そして、すでに子宮口3㎝であり、早ければ昼過ぎには生まれると言う。

会社に車で向かっていた道中であったが、色々とあせった。

明らかにテンパっていたと自分でも思う。
なぜか途中でシートベルトを外した。
なぜシートベルトを外したのか自分でもよくわからなかったが、あせっていたのだと思う。
いつでもすぐ降りれるよう準備したのかもしれない。

あいにく会社は繁忙期を迎えていた。

会社についた僕はまだテンパっていた。

そして同僚に事情を話し、自分にしかできない仕事だけを片づけて病院へ向かえるよう配慮を頂いた。

そして宇治へ向かう。

病院の手前5kmぐらいでまたシートベルトを取ってしまった。まだ早い。落ち着け俺。

入院していた嫁は案外落ち着いていた。

しかし、陣痛は始まっていた。

陣痛中はつらそうだ。それが5分以下の間隔でやってくる。

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陣痛の合間に運動。陣痛がきては、立ち止まり、1分弱ほど無言で耐える。

このときでもなかなかつらそうに見えたが
「まだ笑顔がありますね、まだまだです」と看護士さんは言った。

この時はまだ正直"いや、もうそろそろやろ"と思っていた。←伏線


病院に来て時間の間隔がおかしかった。

会社の配慮もあって、病院に到着できたのが、10時台だったと思う。

気付いたら14時ぐらい。

そして気付いたら15時。

時間の経過の間隔があれほどおかしかった事はない。

15時の時点で子宮口は3センチのままだった。

しかし痛みは増してきているように見えた。

徐々に嫁の顔から笑顔と会話が減っていく。

20時、子宮口をはかった。


3㎝。


この痛みはなんの為の痛みなのか、
変化のない子宮口を前にどうしても感じてしまう。

未明から続いている陣痛。嫁の体力は消耗されていく。
しかし、本番に向けてのスタートに向かっているところの段階に過ぎない。

"順調に行けば1時間1㎝ずつ開いていきます"

単純に計算しても全開になるのは深夜の3時。

嫁の体力はもつのか。どのくらいの体力が残っているのか。
ほぼ無言状態と、陣痛の度に激痛でうねる嫁。これをあと7時間耐え、そこからスタートである。

自分に出来ることは、看護師のサポートのマネをして、しっかりといきみ逃しを誘導してやること。


22時。


子宮口が急に8㎝と言われた。いきなりかい。3㎝のフェーズ長かったで~

かなり安心した。あと2㎝。もうすぐだ。

しかしその考えは甘かった。

まず、陣痛の痛みが明らかに増している。

あと2㎝とは言え、この激痛が続くのかと思うと余裕はすぐになくなった。

とにかくあと2㎝。早く開いてほしい。


2時間後の24時に子宮口を再度はかった。

全開であってくれ。


「8㎝です」

変化がない。

あと3㎝から一気に8㎝になり、激痛ではあるがあと2㎝と思って
頑張ってきた嫁。

「どうしたら子宮口が開くんですか」
嫁が発したその声は「もう限界です」と僕には聞こえた。

でも決して自分が落胆してはいけない。
決して無駄な時間ではないと励ます。

看護士さんが来てくれている間は自分の意識は半分朦朧としていた。

更なる激痛に耐え夜の2時半に再度測定。


「開きました!」

この時の安堵感はもはや生まれたぐらいの感覚であった。

嫁も喜び、嫁の両親も喜び、自分も喜んだ。


しかし、ここからがスタート時点なのだ。

そしてここからは、自分も両親も分娩室の外で待機した。




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クリスマス前の真夜中の病院。

とにかく落ち着かなかった。

自分にも疲労はあったが決して仮眠をとる事は出来なかった。

ブラックコーヒーを飲み、その時を待つ。

1時間、2時間が過ぎていく。

中の様子がわからないとどんどん不安は大きくなるものだ。

それに、出産である。何があるかわからない。男が経験したら死ぬ痛みである。

朝の五時半ごろ、ナースコールがなり、ナースが1人追加された。

それに次いで、医師らしき人も入っていった。


大丈夫なのか。無事であってほしい。それのみである。



そして、数分後、看護士さんの歓声が聞こえ、嫁の歓喜にあふれた声と赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。


一気に緊張がほぐれた。

分娩室から我が子が運ばれてきた。元気そうな赤ちゃんである。

9ヶ月間、ずっと会いたかった我が子である。ずっとお腹ごしに話しかけてきた我が子がいる。

不思議な感覚とはまさにこの事だ。

そして簡単な測定や検査を始める。

この時、まだ嫁は分娩室にいて、嫁の状況がよくわからなかった。

そして、赤ちゃんの検査が終わり、だっこをさせてもらった。

そして嫁のいる分娩室に入った。

嫁が元気に笑ってこっちを見ていた。


母子ともに無事だった。
















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すごい経験であり、1生に一度の経験であるけれど、ふと思った。




立場は違うけど、これは2回目の経験である事に気付いた。



自分が生まれた時もまわりはこの経験をしたに違いない。



その時、腹から出てくる側だった自分は何も覚えてないけど、
自分が無事だったことと、
母が無事だった事を、
父をはじめ多くの人が喜んでくれたに違いない。



もう大人になって十分たつけど、
まだまだ親の気持ちを新たに知ることがこれから多そうだ。





2011年末のブログでちらっと最後に書いてたんですが、まさに2012年は出産という年であり、転機の年となりました。



2013年はバタバタしそうです!むしろもうちょっとバタバタしてます!


2011年に誓った事に2013年も準じていきたいと思います!





いやはや、あっぱれ!!!




P.S.
 当日応募しためばえに当選し、嫁と子が出演することができました。
 (僕は繁忙期の会社だたよ)

 ここで履歴が見れます。12月18日を見てもらうか、一番かわいい赤ちゃんを見てもらったら大丈夫です。

 嫁の寝ぐせが緊迫感と安ど感の全てをアートとして表現してます。

 
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